Story

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物語

王都の春は明るい。
けれど、あの温室では言葉が少しだけ遅れて届く。

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Prologue
プロローグ ——「温室の客」
春告祭の朝、王都リュネリアにて
花びらは水路を流れ、
祝祭の鐘は海風に乗る。

春告祭の日、王都リュネリアは一年でいちばん騒がしい。白い石畳には花びらが散り敷かれ、中央大運河を祝祭船がゆっくりと下っていく。水面には青空と白壁の街並みが映り込み、街全体が、光でできているように見える。

その喧噪から水路を二本ほど外れた路地の奥に、小さな古い温室がある。

扉を押すと、祭りの音が一段遠くなった。

硝子越しの春の陽は柔らかく、青灰色に落ち着いている。水滴の音。葉擦れ。棚に並んだ薬瓶が、遠い鐘の音にかすかに共鳴している。銀色の葉、淡い紫の花、名前を知らなければただ美しいだけの植物たち。

その奥で、銀灰の髪の少年が如雨露を傾けていた。

「………君か。ちょうど新しい苗に水をあげていたところだよ」

雫峰。王立ヴィアベル学園薬学科の三年生。国家薬剤師の両親を持ち、王宮にも出入りする——けれど本人は、そういう肩書きの話をされると、少しだけ水やりの手を速くする。

客は言い淀んでいた。眠れないのだと言った。それから、本当は眠りたくないのだ、とも言った。夢に見たくないものがあるらしい。

雫峰は説教をしなかった。同情もしなかった。棚から小さな瓶をひとつ選び、対価と、危険と、使い方だけを淡々と告げた。

「君が求めているのは、痛みを消す薬? それとも、思い出を消す毒かな」

客が帰ったあと、温室にはまた水滴の音だけが残った。外では祝祭船の楽隊が角を曲がったらしく、旋律の輪郭がほどけて、水音に混ざって消えた。

——王国の春は、すべての種に等しく訪れるという。

ならばこの温室の静けさも、春のかたちのひとつなのだろう。少年はそう思いながら、次の苗に如雨露を傾ける。硝子の向こうで、花びらがひとひら、水路を流れていった。

この物語は、はじまりの風景。本編は、これから語られる。

Fragments
断章 —— 四人の声

「国家薬剤師、ね。
そんな窮屈な肩書き、僕には必要ないよ」

— 温室の少年 / 雫峰

「この国の春は綺麗だね。
綺麗すぎて、何を埋めたか忘れそうになる」

「無理なら無理と言え。
無理じゃないなら、やり方を変えろ」

「僕は王族だ。それを理由に手を抜くほど、
落ちぶれてはいない」

Glossary
クラリヴィア用語集

クラリヴィア王国

CLARIVIA KINGDOM

春の光、水路、薬学、魔導硝子で栄える多種族王国。国名は作中古語で「澄んだ光の通る国」。

王都リュネリア

LUNELIA

白い石畳、水路、花市場、学園、王宮が集まる首都。晴れた日には水面に青空と白壁が映る。

中央大運河

GRAND CANAL

王都を貫き、海へつながる大水路。祝祭と交易の象徴であり、夜には別の顔も持つ。

海門

SEAGATE

潮位と雪解け水を調整する巨大水門。魔法陣と歯車と潮位計が一体化した、魔導工学の象徴。

ヴィアベル学園

VIABELLE ROYAL ACADEMY

13〜20歳の7年制王立学園。貴族が多いが、平民や異種族の優秀者にも門戸をひらく。

ヴァイスグラース家

HOUSE WEISSGLAS

クラリヴィアの王家。白冠花と硝子温室と大運河を象徴とし、「春へ導く者」として尊敬される。

国家薬剤師庁

ROYAL PHARMACY OFFICE

治療薬から禁制植物、毒薬までを管理するエリート機関。薬学の光と、静かな影の両方を扱う。

白冠花

HAKKANKA

王家の象徴花。春の到来と再生を意味する白い花で、春告祭と入学式に欠かせない。

春告祭

SPRING HERALD FESTIVAL

入学式を兼ねた、花と水路の祭り。王族の祝祭船が大運河を進む、王国最大の祝日。

白花試験

WHITE BLOSSOM EXAM

薬学科の難関実技。安全な薬と危険な薬の見極めを競う。合格者は白い花章を授かる。

雫峰の温室

THE BACKSTREET GREENHOUSE

王都の路地裏にある古い硝子温室。外の祭りの音が遠くなる、春から少しだけ離れた場所。

東方薬師一族

EASTERN APOTHECARIES

約180年前に東方から渡った薬師たち。漢字名の文化と薬草学・毒学の体系を王国にもたらした。

樹海エルシア

ELSIA FOREST

エルフ系氏族が守る東の森。植物魔法の聖地で、古い薬草学の記憶が眠る。

霜山脈

FROST MOUNTAINS

北の山々。雪解け水と希少薬草の産地で、精霊の伝承が残る。採取遠征の目的地。

西港ミラベル

PORT MIRABELLE

香料・薬材・硝子器具が集まる交易港。異国文化の入口であり、密輸の噂も絶えない。

魔導工学

MAGITECH

魔力を器具に流す技術。魔導灯、温室制御、通信、水門管理——魔法と科学が未分化のまま暮らしを支える。

精霊感応

SPIRIT ATTUNEMENT

自然や植物とゆるやかに同調する古い魔法。エルフや半精霊が得意とする。

水鏡舟行

MIRROR-WATER BOATING

上級生が新入生を小舟で案内する学園の伝統行事。先輩後輩の縁は、水の上で結ばれる。

物語の続きは、きみの入学とともに。